特定非営利活動法人
ミトコンドリア病医療推進機構
〒290-0143
千葉県市原市ちはら台西
四丁目7番地18
北海道大学大学院医学研究院小児科学教室
武田 充人
循環器病学の権威であるEugene Braunwald先生が2023年European Heart Journalの “Braunwald’s Corner”に、”Mitochondrial cardiomyopathy: a fertile field for research (ミトコンドリア心筋症研究のための好適な分野)” という論文を掲載した1)。
これまで循環器病学の中でミトコンドリア心筋症という疾患はごく一部の臨床医しか経験しない非常に稀な疾患という認識でしかなく、臨床研究も進んでこなかった分野である。かつてはミトコンドリア病が疑われた場合は心筋症が存在しても骨格筋生検による診断が主流であったため確定診断に至らなかった場合もあった。AMED村山班が発足し、心筋症班として最初に着手したのがミトコンドリア心筋症確定診断のフローチャートであり、そこに、①心筋病理、②心筋組織生化学、③遺伝子検査の3つの要素を組み合わせた診断法を考案して2017年のマニュアルに掲載した。この診断において、①、②は心筋生検を要し、電子顕微鏡用の固定や生検組織の-80度凍結保存を要したため、一般の循環器医には浸透しにくく、小児では心筋生検を行うこと自体も難しいために確定診断に苦慮した。また、電子顕微鏡所見では心筋細胞内にミトコンドリアの増加は認めるものの定性的な評価でしかなく、病理診断基準が確立していなかった。そこで、Stereologyという手法を用いてランダムサンプリング法で心筋内のミトコンドリアを定量的に評価したところ、ミトコンドリア心筋症ではミトコンドリアの体積密度が30%以上とその他の心筋症よりもかなり高いことが判明した。また、多くのミトコンドリア心筋症では電子顕微鏡所見ではじめて疑われるが、組織生化学用の凍結サンプルは保存されていないため呼吸鎖酵素活性で本症を確定診断することができなかった。そこで、ホルマリン固定後のパラフィンブロック検体から呼吸鎖酵素抗体を用いた免疫染色法を行ったところ診断に非常に有効であった。そこで、電子顕微鏡像定量評価と免疫染色法を用いたミトコンドリア心筋症の新しい病理診断基準として2021年にJ Clin path.に論文に報告した2)。疫学では岡崎敦子先生が小児ミトコンドリア病における心筋症合併率は21%で心筋症合併例の生命予後は極めて不良であることを 2021年にInt J Cardiol.に報告した3)。この2つの論文は前述のBraunwald先生の論文の参考文献10論文の中に取り上げられており、ミトコンドリア心筋症が循環器病学の研究対象として新しい風を吹き込んだことはAMED村山班の一つの功績ではないかと思われる。
文献
1. E. Braunwald, Mitochondrial cardiomyopathy: a fertile field for research, European Heart Journal, Volume 44, Issue 26, 7 July 2023, Pages 2361–2362
2. Takeda A, Murayama K, Okazaki Y, et al. Advanced pathological study for definite diagnosis of mitochondrial cardiomyopathy. Journal of Clinical Pathology 2021;74:365-371.
3. Imai-Okazaki A, Matsunaga A, Yatsuka Y, et al. Long-term prognosis and genetic background of cardiomyopathy in 223 pediatric mitochondrial disease patients. Int J Cardiol. 2021 Oct 15;341:48-55.
※これまでに掲載した「ミトコンドリア病の研究・治療の最先端」についての記事
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自治医科大学小児科学
小坂仁、宮内彰彦
ミトコンドリア病の治療薬としては現在イデベノンがミトコンドリア病のレーバー遺伝性視神経炎に対する治療薬として、限定的に認可されています。わが国ではタウリンがMELAS症候群における脳卒中様発作の抑制治療薬として国内において承認されています。一方小児で最も頻度が高く、かつ重篤な患者様も多いLeigh脳症は、呼吸や循環に関わる脳幹と、運動調節の関わる基底核を障害し、重篤な神経症状をきたすことから、私たちも患者様もその治療薬を切望しております。しかしながら現在までに承認された治療薬剤はないことから、私たちはこの治療薬開発を行っています。
治療薬を見出すために、Leigh脳症とMELASの4種類の患者様の皮膚線維芽細胞を用いました。内訳はLeigh脳症2例(ND3;m.10158T>C, p(P19S)およびNDUFA1; c.55C>T, p(P19S) MELAS2例 (m.3243A>GtRNA-Leuおよびm.5532C>TtRNA-Trp)の4種類の細胞になります。これらにL-ブチオニン-(S,R)-スルホキシミンを加えると酸化ストレスにより細胞死が誘導されました。その条件下で細胞死を救済する薬剤を中枢神経承認薬剤ライブラリー(約300個)の中から選ぶことにしました。中枢神経系に、薬剤が届かなければ効果が期待できないのと、既存薬から新たな治療薬を開発することで、安全性試験などの手順を大幅に短縮できるからです。イデベノンと同等以上の生細胞率を示した薬剤として4種類の薬剤が残り、そのうちアポモルフィンは最も低濃度で薬効を示しまた。
次にATP合成能の指標としてミトコンドリア酸素消費速度を測定したところ、酸素消費が上がったことから、アポモルフィンはATP産生能を改善することが分かりました。また呼吸鎖複合体Ⅰのサブユニットの機能が弱いマウス(Ndufs4のノックアウトマウス)に対し、腹腔内への皮下注射を生後3週目より毎日行い、5週目に回転筒テストを施行し、運動機能の評価を行ったところ、マウスの運動機能が有意に改善していました。
以上の結果から、アポモルフィンはLeigh脳症の、治療薬になると考え、日本医療研究開発機構(AMED)から研究費をいただき、研究を行っています。アポモルフィンは成人のパーキンソン病患者様に使用される薬であり、小児患者様に提供できるように、現在幼弱なラットを使用した安全性試験を計画しております。みんなで力を合わせて、ミトコンドリア病の治療薬を開発していきたいと思っております。
千葉県こども病院 遺伝診療センター 代謝科
志村 優
ミトコンドリア病は5000人に1人の頻度で発症する最も頻度の高いエネルギー産生系の先天代謝異常症です、とはよく言いますが、定義上はミトコンドリア病は希少疾患の一つであり、さらにミトコンドリアに関連するタンパクは1000以上も存在するため、原因となる遺伝子毎に分類すると、その発症頻度はさらに少なくなるため超希少疾患にも分類されます。この疾患の病態・原因遺伝子の多様性を考慮すると、治療法は原因遺伝子毎に考えていく必要がありますが、原因遺伝子はまだ全て同定されているわけではなく、さらに個々の原因遺伝子の超希少性というハードルもあり、国際連携による共同研究が必須となります。そこで私は、千葉県こども病院の村山先生のご厚意により、以前から共同研究を行っていましたドイツのProkisch博士のもとに留学をさせていただくことになりました。
私が留学しているのは、ドイツのミュンヘンにありますHelmholtz Zentrum Münchenで、Institute of Human GeneticsのHolger Prokisch博士の研究室になります。この研究室では、ミトコンドリア病を中心に様々な遺伝性疾患を対象としてマルチオミックス解析を行っております。Prokisch博士を中心に国際ミトコンドリア病コンソーシアム「GENOMIT」を立ち上げており、ドイツ、フランス、イタリア、イギリス等の国々、また日本の村山先生、大竹明先生(埼玉医科大学病院 ゲノム医療科・小児科)のグループから数千症例の患者情報、サンプル、解析データが共有され、ミトコンドリア病の新規病因遺伝子の同定、病態解明に向けた国際共同研究が行われています。ミトコンドリア病の原因遺伝子は2021年6月までに約350個報告されていますが、うち50個がProkisch博士の関わったプロジェクトにより報告されたものだそうです。現在私も、新規ミトコンドリア病原因遺伝子の研究に関わらせていただいております。
コロナ禍の海外留学ということもあり、コロナ前とはだいぶ異なる留学体験をしていると思いますので、少しここで紹介させていただきたいと思います。当初の留学開始時期は2020年9月を予定しておりましたが、ドイツ国内での新型コロナウイルス感染拡大のため、2か月遅れの11月にようやく渡独することができました。しかしながら、夏に一旦落ち着いた感染が10月頃から再度悪化、11月からは再ロックダウンとなり、全てのレストランが持ち帰り営業のみとなっていました。12月まではラボに毎日行くことができましたが、ドイツ国内の感染者数が毎日3万人まで増えたため、2021年1月下旬からはラボのルールも厳しくなり在宅ワークが中心となり、ミーティングも全てオンラインで行っています。2020年12月から開始されたCOVID-19ワクチンのおかげか、2021年4月下旬より新規感染者数が減少傾向となり、ミュンヘンでは各種制限の緩和が開始、5月下旬になりようやくボスのProkisch博士とビアガーデンで一緒にお食事をすることができました(写真)。ラボワークも、もう少しで順調に進めることができる状況になりそうです。
最後になりましたが、この研究留学により、少しでも多くの原因遺伝子を発見、本疾患の病態を解明し、病態に応じた治療薬の開発、国際共同治験等に繋がればと考えております。今後とも、ご指導いただきますようお願い申し上げます。
川崎医科大学神経内科学 教授
砂田 芳秀
タウリンとミトコンドリア病
「ファイト!一発!」でおなじみの栄養ドリンクの成分としてタウリンの名前はお聞きになったことがあると思います。タウリン(図1)はウシの胆汁中から発見されたアミノ酸の一種で、胆汁酸の抱合、浸透圧調節作用、抗酸化作用、神経伝達物質様作用など多岐にわたる生理作用を有しています。タコやイカなどの魚介類に多く含まれており、われわれは主としてこれら食品の形で摂取しています。人間は体内でタウリンを合成できますが、ネコには合成経路がないためキャットフードには必ずタウリンが入っています。興味深いことに、ネコでタウリンが欠乏すると、網膜変性や心筋症などミトコンドリア病に類似した症状が現れます1)。
2000年から2002年にかけて東京大学の鈴木勉先生や日本医科大学の太田成男先生らによりタウリンとミトコンドリア病との関連を示す画期的な発見がありました2)3)。ご存じのようにDNAに書かれている遺伝暗号は一旦メッセンジャーRNA(mRNA)に転写された後で、タンパク質に翻訳されます。この翻訳を仲介するのが運搬RNA(tRNA)で、mRNA上の3文字の塩基配列(コドン)に対応したアミノ酸を運搬してきます。このコドンを相補的に認識するアンチコドンの部分にタウリンが付加されていて、MELASというミトコンドリア病ではこのタウリン修飾が欠損するため、特定のコドンが正確に認識されなくなることがわかりました。こうなるとタンパク質が正常に合成できなくなり、ミトコンドリアの機能が低下してしまいます。
MELASとは
MELASはミトコンドリア病の中でも最も頻度の高い病気の一つで、低身長、全身の筋萎縮、難聴、糖尿病、頭痛、てんかん発作、乳酸アシドーシスなどいろいろな症状を呈しますが、最も特徴的な症状は反復する脳卒中様発作です(図3)。脳卒中のように突然、言葉がしゃべれなくなったり、視野の半分が見えなくなったり、手足が麻痺するなどの症状を呈します。こうした脳卒中様発作を繰り返しながら、身体機能や認知機能の障害が蓄積していきます。MELAS患者の約80%はミトコンドリアDNA(mtDNA)がコードするロイシンというアミノ酸を運搬するtRNALeu(UUR)遺伝子の一塩基変異A3243Gが原因です。この変異があるとロイシンtRNAアンチコドンのタウリン修飾が欠損し、UUGというコドンが認識されなくなり、ミトコンドリア蛋白が正常に合成できなくなります(図2)。
タウリン療法の開発
私たちは、MELASの患者さんで大量にタウリンを補充すれば、アンチコドンのタウリン修飾が改善し症状が良くなるのではないかと考えました(図2)。まず病気のモデル細胞の培地に高用量のタウリンを添加すると、酸素消費率や膜電位などミトコンドリアの機能が改善しました4)。そこで、2名の患者さんに1日12gのタウリンを内服してもらったところ、それまで再発を繰り返していた脳卒中様発作が9年以上にわたって消失しました4)。タウリンの効果に手応えを感じたので、平成24〜26年度に厚生労働省から研究費をいただいて、医師主導治験を行いました。脳卒中様発作を繰り返していた10名のMELAS患者さんに9〜12g/日のタウリンを1年間内服していただいたところ、6名では脳卒中様発作が消失し、80%の患者では脳卒中様発作の頻度が50%以下に減少しました5)。9名の患者さんは、さらに継続して4年間タウリンを飲んでいただきましたが、7名では発作抑制効果が継続してみられました。高用量タウリン内服により、下痢など出ることがありましたが、重篤な副作用はありませんでした。末梢血から白血球を採取して、tRNAのタウリン修飾率を測定したところ、9名中6名の患者さんではタウリン内服により修飾率が有意に増加していました。
これまでミトコンドリア病に対しては治験を経た十分なエビデンスに基づく保健適用薬はありませんでした。われわれの医師主導治験で、MELASの脳卒中様発作の再発抑制に対する高用量タウリン補充療法の有効性・安全性が示されました。そこで日本神経学会から厚生労働省「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」にタウリンの適用追加(MELASにおける脳卒中様発作の再発抑制)の要望書を提出していただきました。2017年8月検討会議の結果を受けて、2018年4月に大正製薬が承認申請し、昨年2月効能・効果追加が承認され、保険診療でタウリンが処方できるようになりました。
タウリン療法の今後の展開と課題
タウリン療法はMELASの根本的な病態を改善する治療法であり、脳卒中様発作以外の症状にも効果が期待できます。MELASと同じA3243G変異を持つミトコンドリア糖尿病の患者さん2名にタウリンを内服していただくと、血糖値のコントロールが改善し、インスリン投与量を減らすことができました。そこで、今度はミトコンドリア糖尿病を対象としたタウリンの医師主導治験を開始しています。また、重度の心筋症に劇的な効果がみられた例もあり、タウリン療法は今後MELASのさまざまな症状に対する治療法となることが期待されています。さらに、MURRFというミトコンドリア病でもタウリン修飾が欠損しているので、病気の進行を抑制する可能性があります。一方でまだ未解明の課題も残っています。高用量タウリンを内服しても脳卒中様発作の再発が抑えきれない、いわゆるノンレスポンダーの患者さんもおられます。変異mDNAの割合の高い(ヘテロプラスミー率が高い)重症の患者さんでは効果がでにくいのかもしれませんが、タウリンが効くレスポンダーの患者さんとの違いは何なのか、まだ完全にはわかっていません。2018年に熊本大学の富沢一仁先生のグループがタウリン修飾酵素を同定されたので、酵素活性との関連性についても研究の進展が期待されます。
文献
1) 1) Schaffer SW, Jong CJ, Warner D, et al. Taurine deficiency and MELAS are closely related syndromes. Adv Exp Med Biol. 2013; 776: 153-65.
2)2) Yasukawa T, Suzuki T, Suzuki T, et al. Modification defect at anticodon wobble nucleotide of mitochondrial tRNAsLeu(UUR) with pathogenic mutations of mmitochodrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes. J Biol Chem. 2000; 275: 4251-7.
3) Suzuki T, Suzuki T, Wada T, et al. taurine as a constituent of mitochondrial tRNAs: new insights into the functions of taurine and human mitochondrial diseases. EMBO J. 2002; 21:6581-9.
4) Rikimaru M, Ohsawa Y, Wolf AM, et al. Taurine ameliorates impaired the mitochondrial function and prevents stroke-like episodes in patients with MELAS. Intern Med. 2012; 51: 3351-7.
5) Ohsawa Y, Hagiwara H, Nishimatsu SI, et al. Taurine supplementation for prevention of stroke-like episodes in MELAS: a multicentre, open-label, 52-week phase III trial. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2019; 90: 529-36.
埼玉医科大学病院 ゲノム医療科・小児科
大竹 明(おおたけ あきら)
はじめに
ミトコンドリアはほとんど全ての細胞に存在する細胞内小器官で、その最大の役割はエネルギー(ATP)を作ることです。ミトコンドリアの働きが低下することが原因で起こる病気を総称してミトコンドリア病と呼びますが、その頻度は約7,000人に1人と言われる最も頻度の高い先天代謝異常症です。病気の中心がどこにあるかにより「ミトコンドリア脳筋症」(リーやMELASはその亜型)・「ミトコンドリア肝症」・「ミトコンドリア心筋症」などに分けられますが、各臓器、あるいは全身におけるエネルギー(ATP)産生不全が病気の主症状になります。私たちは、現在リー脳症を中心とする「脳神経症状を中心とするミトコンドリア病」を対象とする5-アミノレブリン酸(以下5-ALA)/クエン酸第1鉄を用いた医師主導治験を行っておりますが、今回はこの5-ALA治験を中心に、ミトコンドリア病新規治療薬の現状をご紹介します。
昨年タウリンのレーベル遺伝性視神経症(指定難病302)に対する使用がドイツで認可され、さらについ先頃タウリンのMELAS患者さん(指定難病21の1病型)への使用が日本国内で認められたことは、大きな福音となるニュースです。しかしまだ大部分のミトコンドリア病に対しては根本療法のないのが現状で、図1に示すような多数の新規治験が国内で走っております。この中で最も期待されていた薬剤の一つがピルビン酸ナトリウムでしたが、医薬品医療機器総合機構(PMDA)との交渉の結果昨年10月に中止となったことは、誠に残念です。タウリンが正式に認可されたことは上述しましたが、このほかにL-アルギニン、EPI-743、さらにドイツで承認されたイデベノンなどが治験を(ほぼ)終了しておりますが、今のところ正式な認可の目処は不明です。これら以外にMitochonic acid 5(MA-5)(東北大学阿部先生)やアポモルヒン(自治医科大学宮内・小坂先生)などが現在期待される新薬ですが、なお基礎実験の段階です。
現在行われている治験薬はその大部分が活性酸素の減少に焦点を合わせたものであり、ATPの合成を増加させるような根治療法薬ではありません。それに対し5-アミノレブリン酸(5-ALA)は呼吸鎖の構成蛋白であるヘムの前駆物質であり、鉄と結合することでヘムになります。さらに5-ALAのもう一つ好都合な点は、人体内に正常に存在する物質であるために、目的とする臓器・組織にひとりでに入ってくれると言う点です。つまり外部から投与された 5-ALA は内部で生合成された 5-ALA と同じ代謝経路を辿り、最終的にヘムが合成され呼吸鎖(電子伝達系)複合体の構成要素となることが示されています。5-ALA+鉄投与によりヘム量を増加させ呼吸鎖IV活性・酵素量を上昇させること、低下したミトコンドリア機能を改善できること、ATP産生を増加させることが各種実験動物において示されています1)-4)。さらに、ヘムの分解産物はアンチオキシダントであるビリルビンであり、これが活性酸素を有意に低下させることに繋がります。私たちはミトコンドリア病患者由来線維芽細胞でも5-ALA+鉄投与により用量依存性に呼吸鎖II・III・IVの活性と量を改善してATP産生を有意に増加させることを確認しています5)。
SPP-004(5-ALA+クエン酸第一鉄)治験は第Ⅰ相、第II相試験が無事終了し、昨年6月より第III相試験が進行中です。治験である性質上詳しくは申し上げられませんが、現在8病院で54名の患者さんを対象に第III相試験が進行中で、今のところ大きな副作用もなく全ての患者さんが脱落されずに経過しており、予定通りに行けばあと1年余りで終了の予定です。
おわりに
以上5-ALAは、これまで対症療法しかなかったミトコンドリア病に初めて根本治療が行えるようになるものと期待できる薬剤です。この他にも多数の治験が走っていることは申し上げましたが、これら治験に最も必要なことは、患者さん1人1人のご協力です。患者会への参加は勿論、登録(レジストリー)制度への1人でも多くの方のご協力をお願いし、稿の結びと致します。
文献
1) S. Ogura, K. Maruyama, Y. Hagiya, Y. Sugiyama, Y. Tsuchiya, K. Takahashi, F. Abe, K. Tabata, I. Okura, M. Nakajima, T. Tanaka, ‘The effect of 5-aminolevulinic acid on cytochrome c oxidase activity in mouse liver.’, BMC RES Notes, 4, 66 (2011).
2) H. Atamna, J. Liu, B.N. Ames, ‘Heme deficiency selectively interrupts assembly of mitochondrial complex IV in human fibroblasts: revelance to aging.’, J Biol Chem, 276, 48410-48416 (2001).
3) H. Atamna, D.W. Killilea, A.N. Killilea, B.N. Ames, ‘Heme deficiency may be a factor in the mitochondrial and neuronal decay of aging.’, Proc Natl Acad Sci U S A, 99, 14807-14812 (2002).
4) S. Navarro, P. Del Hoyo, Y. Campos, M. Abitbol, M.J. Morán-Jiménez, M. García-Bravo, P. Ochoa, M. Grau, X. Montagutelli, J. Frank, R. Garesse, J. Arenas, R.E. de Salamanca, A. Fontanellas, ‘Increased mitochondrial respiratory chain enzyme activities correlate with minor extent of liver damage in mice suffering from erythropoietic protoporphyria.’ Exp Dermatol, 14, 26-33 (2005).
5) M. Shimura et al., ‘Effects of 5-aminolevulinic acid and sodium ferrous citrate on fibroblasts from individuals with mitochondrial diseases.’ Submitted
北海道大学病院小児科 講師
北海道大学病院てんかんセンター副部長
白石 秀明
ミトコンドリアは、人間の細胞を動かす根源です。人間の体では、細胞が沢山集まって心臓や肝臓、脳などの臓器を形作っています。ですから、ミトコンドリアの働きが悪いと、臓器の動きが悪くなり、様々な症状を出します。脳にあるミトコンドリアに不具合が生じると、脳の働きが悪くなったり、活動のバランスが悪くなって制御不能になります。脳には、神経活動の根源である神経細胞と、その周囲を埋めている神経膠細胞が存在しています。神経膠細胞とは神経細胞と神経細胞の間を埋めているセメントのようなものですが、それ以外に、神経細胞の働きを制御する機能も持っています。
神経細胞が、制御を失って暴走してしまう状況が「痙攣」です。神経細胞そのものの暴走と、それを抑える神経膠細胞の制御不能と、どちらの状況でも痙攣は起こり得ます。ミトコンドリア病の中で痙攣を起こす疾患は、脳卒中様症状を伴うミトコンドリア病(MELAS:メラス)、大脳基底核や脳幹部に左右対称性の病変をきたす脳症(Leigh症候群:リー症候群)、ミオクローヌスとてんかんを伴うミトコンドリア病(MERRF:マーフ)の3種類が知られています。これらの病気では、痙攣をはじめとする発作症状が生じ、慢性的に発作が続くことがあります。このように、慢性的に発作が続く状況を「てんかん」と言います。特に、MELASでは、脳卒中様の症状に関連して、様々な形の発作症状が生じます。
てんかんの治療は、薬物治療、外科治療、ケトン食療法などの補助治療、迷走神経刺激療法などの緩和治療があります。ミトコンドリア病におけるてんかんに関しては、多くは薬物治療が主体になります。てんかんを治療する薬物を抗てんかん薬と言いますが、治療の基本は、適切な抗てんかん薬を選択し、それを十分に使うことが基本になります。そして、抗てんかん薬の副作用、特に眠気を軽減し過量な治療にならないことを心掛ける必要があります。抗てんかん薬はこの数年、多くの薬物が開発され、日本の患者さんにも次々と使えるようなって来ております。また、現在日本で将来使用するための治験薬も多く試されています。
これまでの抗てんかん薬治療で発作がコントロール出来なかった患者さんにおいても、新たに使用できるようなった薬剤で発作が抑制されることも経験されております。治療の可能性を信じて、色々な可能性を探ることを試みていきましょう。
順天堂大学 教授
難病の診断と治療研究センター長
岡﨑 康司
私たちのからだは、約37兆個の細胞でできており、その細胞の一つ一つの中にミトコンドリアは存在しています。一つの細胞には数百個のミトコンドリアが入っており、細胞の活動に必要なエネルギーを作り出しています。従って、ひとたびこのミトコンドリアに異常が生じると細胞の働きが悪くなり、さまざまな症状が現れます。これがミトコンドリア病の本態です。体のどこのミトコンドリアに異常が生じるかによって様々な症状が現れます。順天堂大学 難病の診断と治療研究センター、千葉県こども病院、埼玉医科大学小児科、埼玉医科大学ゲノム医学研究センターは共同で、全国のミトコンドリア病患者さんを診察している全国の医師と連携しながら、ミトコンドリア病の遺伝子診断や治療に向けた開発を目指して研究を進めています。これらの一端についてご紹介したいと思います。
厚生労働省の小児慢性疾病、および指定難病の対象疾病になっているミトコンドリア病は、先天代謝異常症の中で最も頻度が高く、出生5,000人に1人の割合で発症するとされています。ミトコンドリア病というと、ミトコンドリア脳筋症やミトコンドリアミオパチーなどがあり、ミトコンドリアDNAの異常により発症し母系を伝わり遺伝する、というイメージをお持ちの方も多いのではないかと思います。しかし実際には、小児科領域でミトコンドリア病と診断されるものの中で、ミトコンドリアDNAに異常があるのは25-30%程度で、残りは細胞の核のゲノムにある遺伝子の異常により発症すると考えられています。ミトコンドリア病は母系遺伝であるという既成概念は、ミトコンドリア病を専門としない医師の間でもしばしば見受けられます。ミトコンドリア病と診断されたら、自分が悪いと思って悩まれているお母さんもおられるという話はよく耳にしますが、実際には7割近くの患者さんが核の遺伝子異常によって起こっているというわけです。
ミトコンドリア病の多くの症例は孤発性(遺伝関係がはっきりしない)で、核の遺伝子の異常によるものは多くの場合、常染色体劣性遺伝形式(両親よりそれぞれ遺伝子を受け継ぐことにより発症する)を示します。ミトコンドリアDNAにある遺伝子の数は37個で、核にある遺伝子のうちミトコンドリアで働いている遺伝子は1,500個程度あると言われています。これまでに、世界中で研究が進められ、300程度の原因遺伝子が見つかっていますが、それでもまだみつかっていないものが沢山あります。我々のグループも10個の新規の原因遺伝子の同定をこれまでに行ってきました。
現在では、遺伝子の塩基配列を決める次世代シーケンサーというものが登場し、約20,000個ある遺伝子を一度に解析できるようになっています(全エクソーム解析)。我々も、臨床研究として、患者さんやご家族のご協力を得てこれまでに400症例以上の全エクソーム解析を行ってきましたが、その中で確実な遺伝子異常の診断がつくものは35%程度で、候補遺伝子がみつかるけれど確定ができないものが35%程度、そして残りの30%程度は全く候補もみつかっていません。新しい原因遺伝子を発見するために、世界各国の医師・研究者とも共同研究を続けながら日々研究活動を続けています。また、国の難治性疾患実用化研究事業の一環として、迅速に診断を行えるように遺伝子診断パネルの開発を行っています。現在はこれらの研究費により、患者さんの負担なく遺伝子診断が行えていますが、将来的には健康保険でカバーできるような遺伝子診断体制ができるよう国にも働きかけをしていきたいと考えています。